研究シーズの内容
生物の知能は、情報科学の観点から非常に興味深い研究対象である。特に人工知能やロボティクスでは環境や状況に依存した判断が求められるため、生物の持つ柔軟で効率の良い情報処理の仕組みの理解が重要である。
生物の情報処理に関する代表的な器官は脳であり、脳の情報処理は並列的に結合した神経細胞間に膜電位の興奮が伝わるというシンプルな過程で実現されている。しかし、個々の神経細胞の応答の非線形性や細胞間の複雑な連結構造のために、知能を神経細胞の物理的な仕組みに基づいて説明することが難しいという問題があった。
その問題に対処するために、当研究室では単細胞生物の「繊毛虫」に着目している。繊毛虫は細胞全体を覆うように生えた繊毛の運動が、高等生物の神経細胞と類似の膜電気動態によって調節されている。また、以前に棲んでいた環境温度を記憶することや、行き止まりに閉じ込められる経験を繰り返すと行き止まり付近で身体を折り曲げて転回するようになることなど、学習能があることが多数報告されている。
当研究室では、そのような繊毛虫の行動を膜電位動態に基づいて理解することにより、生物の情報処理の物理的な基盤を構築することを試みてきている。現在は、繊毛虫の学習行動が高等動物の学習行動と比較してどのようなレベルにあり、繊毛虫の学習行動を説明し得るシンプルかつ本質的な数理モデルの構成に取り組んでいる。
実用化イメージ
– 生物の行動に着想を得た情報処理アルゴリズムの提案やロボットの開発
– 狭空間で移動するマイクロロボットの運動機構の開発
関連する特許や論文等
– Itsuki Kunita, Shigeru Kuroda, Kaito Ohki, Toshiyuki Nakagaki: Attempts to retreat from a dead-ended long capillary by backward swimming in Paramecium, Frontiers in microbiology, Vol. 5, 270, 2014.
– Itsuki Kunita, Tatsuya Yamaguchi, Atsushi Tero, Masakazu Akiyama, Shigeru Kuroda, Toshiyuki Nakagaki : A ciliate memorizes the geometry of a swimming arena, Journal of the Royal Society interface, Vol. 13, no. 118, 20160155, 2016.